名古屋高等裁判所金沢支部 昭和25年(う)748号 判決
原判決は原審弁護人の本件公訴事実中被告人が殺害しようとした森田やのいは被告人の亡父市郎右ヱ門の後妻で被告人にとつては刑法第二百条に所謂直系尊属に該当しないとの主張に対し「森田やのいは明治三十五年一月四日被告人の亡父森田市郎右ヱ門と婚姻したるものにして爾来被告人とは継親子関係に在り、よつて民法附則第三条、第四条但書に依り該継親子関係は右に所謂旧法に依り生じたる効力として、新法施行後の現在においても亦右両者は親子間におけると同一の親族関係にあるものなり」と判示して弁護人の右主張を排斥し昭和二十五年六月八日午前零時半頃被告人が右やのい(当時七十八年)を殺害しようとして果さなかつた判示認定事実に対し刑法第二百条、第二百三条の尊属殺未遂罪の規定を適用したものである。然し旧民法(昭和二十二年法律第二二二号による改正前)第七百二十八条の継親子関係は家の観念を前提とする制度として昭和二十二年法律第七十四号日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律第三条により昭和二十二年五月三日以降応急的に其の存立を排除せられ昭和二十三年一月一日施行の右法律改正により名実共我が民法典から其の影を没したものである。従つて右昭和二十二年五月三日以降は我国法上戸主、家族の身分を有する者が存在することのないと同様に継親子たる身分を存続する者のないことは言を待たないところである。原判決は右改正法律附則第四条但書に依り本件継親子関係は所云旧法により生じたる効力として新法施行後も効力を有し被告人と被害者森山やのいとの間に継親子関係が現在に至るも存続する旨判示するが、右改正法律附則第四条の本文及び但書を綜合し同附則に列記せられる他の条項を比較観察して其の律意を掬めば新法は別段の除外例のない限りは新法施行前に発生した法律事実を原因として現在に存続する一般法律関係にも適用され従つて右の法律関係は新法施行後は新法の定めるところに従い規律されねばならないと云うことを右の本文で明にすると同時に但書において、併しそれが為め旧法及び応急措置法の効力範囲内で従前右法律事実を要件として附与されていた既往の法律効果までも遡つて覆す趣旨に解してはならないという意味を注意したまでの規定であることが知り得られる。これを具体的に本件の場合に例示すると、新法施行前即ち旧民法施行中行われた本件被告人の父亡与右ヱ門と被害者やのい間の婚姻を法律要件として被告人と右やのい間に発生した親族関係は旧民法施行中継親子関係としての効力を生じていたのであるが応急措置法によつて応急的にその継親子たる関係を排除され次いで右新民法附則第四条本文により同様継親子関係を認めない新民法が適用される結果継親子関係の廃止は終局的に民法典の上に完全な形式で確立せらるるに至り斯くて右両者間の親族関係は変じて単なる一親等の姻族関係を残すのみとなつたものである。而してこの際前記但書の趣旨は右廃止となつた継親子関係は旧法の施行中旧法によつて与えられていた効力を新法によつて遡及して失われることがないということを意味しているに過ぎないのであり、これを新法施行後も旧法施行中発生した継親子関係が新法を超越して存続すると解することは全くの逆説であると云わなければならない。以上の通りであるから被告人とやのいとの間には前記昭和二十五年六月八日の犯行時に於て継親子の関係の存在しなかつたことは頗る明白な事実であるのに原審裁判所が右事実につき原審検察官の構成した尊属殺未遂の誤つた訴因をそのまゝ肯定した上刑法第二百条第二百三条を適用したのは誤つた法律解釈に基き罪となる事実を誤認し且つ擬律の錯誤に陥つた違法があり破棄を免れない。